阿部寛の借金地獄! ~バブル崩壊で数億の借金…「あの人は今」状態からの復活劇

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阿部寛の借金地獄! ~バブル崩壊で数億の借金…「あの人は今」状態からの復活劇
二枚目から三枚目まで幅広くこなす個性派俳優としての地位を確立している阿部寛さん。デビュー当時はその身長と甘いマスクを武器にファッション誌「ノンノ」のカリスマモデルとして注目され、現在に至るまで常に第一線で活躍しているような印象がありますが、実は借金地獄と長い不遇時代を経験しています。

超人気モデルから一転…バブルがはじけて数億円の借金

阿部さんは1964年、神奈川県に三人兄弟の末っ子として生まれます。子供時代から彫りの深いハーフ顔だったようですが、生粋の日本人だそうですよ。出身学校は中央大学理工学部電気工学科。大学在学中にお姉さんの勧めで「集英社第三回ノンノボーイフレンド大賞」に応募、みごと優勝をはたし、芸能界入りします。ちなみに応募した理由は優勝商品の車が欲しかったからとか。なんとも若者にありがちな下心満載の動機ですが、とにもかくにも阿部さんは一躍日本のトップモデルとして躍り出ることになります。

その後「メンズノンノ」の専属モデルとして大ブレイク。ファンレターはひと月に4千通という人気ぶり。「メンズノンノ」の創刊号から43号まで表紙を務め、なんと「同じ雑誌の表紙を世界で最も連続して飾った人物」として、ギネスブックにも認定されたんです。まさかギネス記録持ちとは知りませんでした。

そんなモデルとして大人気だった1980年代、阿部さんは知人から紹介されたマンション投資に手を出しました。当時はバブル景気で「不動産は絶対に儲かる」という風潮があり、阿部さんは借金をして不動産投資にのめり込みます。ところが、すぐにバブルが崩壊。20代という若さで数億円の借金を背負ってしまいます。
バブルで借金を背負った理由(ワケ)
バブル期は、不動産は買えば値段が上がると言われており、不動産の投資も値上がりを見込んだ売却益(キャピタルゲイン)が目的でした。値段が上がったら売ればいいわけで、極端な話貸借人がいなくても構わなかったのです。

バブルが弾け地価や不動産価格が急落したことで、それまで不動産を買いためていた投資家や多くの芸能人が多額の負債を抱えることになりました。阿部さんもその一人ですね。

バブル後には不動産投資の方向性も大きく変わることになります。現在では物件を賃貸などに出し得られる家賃収入(インカムゲイン)が不動産投資の主流となっています。

バブルで借金をした芸能人たち
・藤田まこと(推定負債30億)
・坂口良子(〃40億)
・江川卓(〃50億)
・小林旭(〃51億)

などなど…
仕事が順調なら何とかなったかもしれませんが、折り悪くモデルとしての人気も低迷。阿部さんはモデルから俳優へと転身し、再起を図ります。

1987年に「はいからさんが通る」という映画でファンだった南野陽子さんと共演、俳優デビューしました。1988年にはなぜかアイドルとしてアルバム「ABE」まで出していますが、コレ一枚で歌手活動は終了。後は俳優業に専念することになります。もちろん、芸能界はそんなに甘くはありません。阿部さんはその後、芸能界の厳しい現実を突きつけられることになります。

「モデル出身」という肩書と彫りの深い顔立ちから、本人曰く「フェラーリで乗りつけるような」二枚目の役しかもらえず、かといって主演を張るほどの人気がないため使いどころの難しい存在と言われた阿部さん。さらに阿部さんは身長189センチ、体重75kgという大男。(実際は192センチなのに、コンプレックスから過小申告してプロフィールに載せているという噂も…)長身がネックとなり「相手役の女優とのバランスが取れない」という理由で芸能界からのオファーは次第に途絶えてしまいます。

余談になりますが、阿部さんの両親はそこまで身長が高くなく、家族の中で大柄なのは阿部さんだけだそうです。また、阿部さんが大の「マツダファン」で、大柄にも関わらずコンパクトな『黄色のファミリア』に十数年も乗り続けているとう噂がありましたが、阿部さんは後にこれを否定。この情報は都市伝説だったようです。
阿部寛の借金地獄に落ちるまで

人気モデルとして活躍、バブルに乗じて不動産投資に手を出す。

バブルがはじけ、数億円の借金を背負うことに。

モデルとしても、俳優としても不遇の時代に。ついにはパチンコで生計を立て、「あの人は今」の捜索対象に…

パチプロ、そして「あの人は今」状態からの再起!

さて、数億の借金を返済するどころか、日々の生活費すら事欠くようになった阿部さんはパチンコ依存症になり、ついに芸能人でありながら「パチプロ生活」に突入。後がないという危機感が功を奏したのか、月に15万円は稼ぐという勝率の高さだったそうですが、これでは借金返済など夢のまた夢。もちろん勝つ日があれば、負ける日もあります。ちなみに人生で一番負けた時には、25万円を一日で失ったそうです。こうして「生活のために」目立つ身体を小さくしながらパチンコを打ち続ける日々がズルズルと3年も続いてしまいます。ちなみに、パチンコ専門でスロットはダメとのこと。パチンコなら今でも勝てる自信があるんだそうです。


自堕落ぶりが極まっていた阿部さんですが、バラエティー番組『あの人は今!?』で「過去の人」として取り上げられたことで一念発起。これをきっかけに過去の栄光を完全に捨て去り、名前のない端役やイロモノキャラなど何でも貪欲に挑戦して演技力を磨こうとします。

敬愛していた高倉健さん出演のドラマに、名前すらない端役でいいから出させてくれと自分から願い出て演技の勉強をしたというエピソードも。

俳優としての転機となったのは、1993年のつかこうへい作「熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン」という舞台への出演です。この舞台で阿部さんは、「元棒高跳び選手でチャイナ・ドレスを着ているゲイ寄りバイセクシュアルの刑事部長」という難しい役どころを体当たりで見事に演じ、役者として一皮も二皮もむけることになります(本当に難しい…(笑))。なにしろこの舞台では、阿部さん演じるキャラクターがクライマックスになると舞台を降りて、客席の男性と濃厚なキスシーンを繰り広げるという独創的な演出。とても「モデル上がり」なだけの役者にできる役じゃありません。阿部さん自身も始めは抵抗があったそうですが、「モデル上がり」の固定イメージを払拭したいという一心で夢中で演じたと後に語っています。実は当初、阿部さんの起用には反対があったそうですが、阿部さんの心意気を気に入ったつかさんが出演を強行。結果は大成功に終わります。

ちなみに、この「熱海殺人事件」が阿部さんにとって初めての舞台でした。オーディションを受けるきっかけになったエピソードがまた面白いです。

ある日、つかこうへいさんが阿部さんの事務所へ電話をした時に、ちょうどスタッフが席を外していて誰も出れなかったため阿部さんが対応。俳優が電話番をやっているのか、とつかさんはびっくりし、阿部さんに興味を持ったそうです。そこからつかさんとの交流が始まり、のちに舞台のオーディションを受けることになったと阿部さんは回顧しています。人との縁はどこに転がっているかわからないものですね。

1995年にはNHKの大河ドラマ「八代将軍吉宗」に老中役で出演。これを機に時代劇への出演も増えていきます。パチプロ時代に始めたという古武術の経験も役立っているようで、「着物を着るだけで気持ちが引き締まる」と阿部さんは語っています。 こうした努力が実り、阿部さんは「ただのモデル上がり俳優じゃない」と周囲に認められ始め、徐々に「実力のある個性派俳優」として脇役が大半ながら出演作が増加していきました。

プライド捨ててつかんだ「TRICK」の大ヒット

俳優としての再起をつかんだ矢先の2000年、阿部さんは自身最大のヒット作となったTVドラマ「TRICK」にめぐり合います。

同作で演じた「巨根の物理学教授」の上田次郎という変わり者の役柄は、かつての「二枚目専門」の阿部さんだったらピンとこなかったでしょう。しかし、不遇時代に演技の幅を広げたことで最高のハマリ役に昇華、お茶の間の話題となります。「貧乳の自称天才マジシャン」を演じた仲間由紀恵さんとの掛け合いは「本当に付き合っているのでは?」という熱愛のウワサが流れるほど軽妙で素晴らしく、モデル時代の活躍を知らない世代にもファンを増やしました。ちなみに、ドラマの中でネタとしてモデル時代の写真をスタッフがこっそり用意。「モデル上がり」を逆手に取った演出に、阿部さんは「そう来るか!と思った」とコメントしています。この「TRICK」は連続ドラマ、スペシャルドラマ、映画と、断続的ではありますがなんと14年もの間続くことになりました。

これで運が向いてきた阿部さんは、2003年に13年ぶりとなる主演ドラマ「最後の弁護人」で主役有働弁護士を演じ、人気を博します。その後も検事役で起用されたドラマ「HERO」や主演を務めたドラマ「ドラゴン桜」、役柄が阿部さんそのものとも言われる「結婚できない男」などヒット作に次々と出演。一躍人気実力派俳優として「再ブレイク」状態になります。

2007年に公開の映画「バブルへGO!!タイムマシンはドラム式」のPR会見で「最近、やっと借金を返し終わった」と告白し、約20年かけてバブル時代の数億円の借金を完済したことを明らかにしました。20年…。額の大きさを考えれば仕方ないのでしょうが、上に書いた人気ドラマに出演している間も借金の返済を続けていたことになります。完済した時にはどれほどホッとしたことでしょう。

それ以降も映画「テルマエ・ロマエ」など当たり役に恵まれ、今では年収1~2億円といわれています。この「テルマエ・ロマエ」では濃い顔を生かして主役のローマ人建築技師ルシウスを演じ、日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を受賞しました。かつての「借金を抱えたモデル俳優」から、ついに日本のトップ俳優の座まで登りつめたのです。

20年かけて借金を完済!ようやく手にした「普通の幸せ」

そして借金完済告白と時を同じくして、44歳で結婚を発表、「結婚できない男」の汚名を返上します。スポーツ紙の記事見出しはそのものズバリ『結婚できない男が結婚することに』。長らく独身を貫いていたためゲイ疑惑まであった阿部さんでしたが、借金を完済したことでようやく家庭を持つ余裕ができたのかもしれませんね。結婚相手は15歳年下の一般人女性だそうで、阿部さんによる奥さんの似顔絵も披露されました。2011年、2012年には子供も生まれ、公私共に順調のようです。

ちなみに結婚会見の際には、「TRICK」で共演した仲間由紀恵さんから「山田奈緒子」としてのコメントが公開され、阿部さんも仲間さんの結婚の際に「上田次郎」のセリフを贈ってファンをニヤリとさせました。

最近ではすっかり「二枚目俳優」という固定イメージも取れ、阿部さんはテレビなどで様々な素顔を覗かせるようになりました。

そんな阿部さんのちょっとお茶目なエピソードを。
髪の毛は自分でカット。たまに失敗して切りすぎ、スタイリストさんから叱られる。

加湿器が大好き。部屋に何台も置いてびしょびしょになっていることも。

洗濯機も大好き。洗濯物が回っている様を延々と見続ける。途中で絡まった洗濯物があればそっと手を貸す。

共演者に「ドーベルマンを飼っている」とフカしていたが、実は飼っているのはマルチーズだった

中学の陸上部時代、「すね毛の濃いヤツほど足が速い」という持論のもとライバルたちのすね毛をチェックしていた
なんだか阿部さんの素朴な人柄がうかがえて微笑ましいですね。
実は恥ずかしがり屋で、寡黙な性格だという阿部さん。デビュー当初は「エリート」扱いだったこともあって、壁にぶつかって腐ってしまっていた阿部さんですが、プライドと恥を捨ててガムシャラになったことで復活できたといえるでしょう。人間の底力というものはどん底になって始めて発揮されるものなのかもしれませんね。過去の栄光にすがっても何もならない…とは分かっていても、なかなか出来ることではありませんが、それが借金地獄から生還する最大のカギだったといえるでしょう。

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