ドナルド・トランプの借金 ~若い頃から波乱万丈、その素顔とは?

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第45代アメリカ合衆国大統領選挙。2016年11月8日の投票日、本国アメリカの有力米紙や雑誌、テレビ局はもちろん、日本、そして世界のマスコミ各社の予想は大外れとなりました。

ファーストレディから国務長官を経て、アメリカ初の女性大統領を目指した民主党候補者、ヒラリー・クリントンを打ち破ったのは、政治家経験の無い実業家、共和党候補者のドナルド・トランプ。米大統領選史上、「予想外」、「想定外」、「大番狂わせ」といったフレーズがこれほどまでに踊ったことはなかったのではないでしょうか。

このドナルド・トランプという人物については、大統領戦中の過激発言や暴言が日本のメディアでも盛んに報道されていました。例えば…

「メキシコとの間に国境壁を作り違法メキシコ人移民を排除する」

「すべてのイスラム教徒のアメリカ入国を禁止する」

「日本と韓国は米軍の駐留費用をもっと負担しろ」

などなど。演説や記者会見、インタヴューなどでのこうした発言はクリントン支持者はもちろん、一部の共和党支持者からも非難された程でした。

あるいはトランプタワーを筆頭とした不動産王としての顔や、2度の離婚と3度の結婚、エリック、バロンのイケメン息子や美人の娘イヴァンカといった家族の話題も然り。今回に限らずいつものことですが、メディアというものは、こうしたセンセーショナルな話題を面白おかしく取り上げるものです。

ドナルド・トランプ3度の結婚
ドナルド・トランプの暴言集
それにしても、この結果は本当に予想外。直前の支持率ではヒラリーが上回っていましたが、トランプの支持者たちがいわゆる「隠れトランプ」で本心を公表しなかったことも影響しているとも聞かれます。またオバマ大統領や既得権益べったりの政治家たちに、米国民がNOを突きつけた結果との情報も聞かれます。

果たしてこの次期アメリカ合衆国大統領は、本当はどんな人物なのでしょうか?その生い立ちや若い頃、これまでの経歴やプロフィールはどんなものなのでしょうか?

また本記事では、彼が事業で背負った借金にも注目。破産からの復活劇をからめながら、波乱万丈の半生や素顔といったものを探っていきたいと思います。

幼少期のトランプ:度を越した悪ガキ時代

次期アメリカ大統領、ドナルド・J・トランプ—Donald J Trumpは1946年6月14日、 ニューヨーク生まれになります。父フレッド・トランプはやはりニューヨークを本拠としていた不動産業者。母のメアリー・アンはスコットランド移民。そして祖父のフレデリック・トランプはドイツからの移民という家柄になります。純然たるWASP(=ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)ではないという点が、興味深いところですね。ちなみに5人兄弟の4番目になります。

父親のフレッド・トランプとの関係は、かなり殺伐としており緊張関係にあったとのこと。ドナルドの兄であるフレディは、そうした家庭環境に馴染めず、後にアルコール依存症を悪化させ43歳の若さで亡くなってしまいますが、ドナルドは子供の頃から、臆することなく父親に立ち向かっていったとされています。

ちなみに、意外な一面としては、ドナルドは酒もタバコも一切嗜まないとのこと。これは兄のフレディがアルコール依存症で早世したことの戒めとしているからだとか。

ただし、攻撃的な性格は小学校時代からいかんなく発揮され、クラスメートや教師に対する度を越えたいたずらを繰り返す日々。ある時など「音楽について無知だから腹が立った」という理由で音楽教師を殴ったことも。自伝(ゴーストライター作という噂も)でもそのことを正当化し、謝罪の言葉などは一切発していません。「さもありなん」という感じですね。

両親もさすがに息子のこうした素行の悪さを問題視したため、ドナルドを全寮制かつ規律の厳しい軍隊式の私立高校「ニューヨーク・ミリタリー・アカデミー」(陸軍学校)へと入学させます。ちなみに、かの映画監督フランシス・フォード・コッポラも同校の卒業生です。

同校はそれこそ元軍人による厳しい規律が食事から歯磨きにいたるまで課せられ、口答えしようものなら鉄拳制裁という環境。当然ながら、ドナルドの悪童ぶりは影を潜めますが・・・代わりに、規律を乱す生徒を見つけては、鬼軍曹気取りで「気合」を入れることでウサを晴らしていたとのこと。また女子禁制の同校にも関わらず、日曜にはニューヨークの上流階級と思わしき女の子たちが代わる代わるやってきたとも。ドナルド・トランプは、若かりし頃から、ドナルド・トランプであったといったところでしょうか。

大学時代:自ら仲間との距離を置き孤立

前述の「ニューヨーク・ミリタリー・アカデミー」を修了したドナルド・トランプは、地元ニューヨークのフォーダム大学に進学。その後「もっとレベルの高い場所で自分を試したい」と、当時は珍しかった不動産の専門学科を有するペンシルベニア大学経営学部(ウォートン校)に願書を出したところ、編入が認められたとのこと。

そしてこの時代のトランプは、それまでの攻撃性を隠し、大人しく振舞っていたのだとか。いささか意外に感じさせられますが、もちろんそれには理由があったそうです。

当時(1960年代後半)、アメリカ人大学生の間では「ベトナム反戦運動」や「ヒッピー文化」が花ざかりだった時代。トランプはそうしたデモ活動や集会といったものに一切感心がなく、そうした人たちを自から遠ざけていたというのが理由のひとつ。

もうひとつは、この頃から既に父フレッドの不動産会社の手伝いを始めていたこと。

つまり、トランプは、クラスメート達は金儲けの能力のないものとして冷ややかに侮蔑する対象として見ていたという旨が自伝でも語られています。級友たちがデモやバカ騒ぎに興じている中、自分は連邦当局が発表した差し押さえ物件リスト(日本で言うところの競売物件リスト)をチェックしていたそうです。

実際、出身大学のクラスメート達は、大半がトランプのことをほとんど覚えていないと証言しているくらいだとか。自己顕示欲の塊と言ってよいトランプにも、こうした時期があったというのは意外な事実ですね。

兵役逃れ疑惑は、居直り、開き直りでうやむやに

当時の西側最先端先進国アメリカはベトナム戦争の真っ最中。大学生は兵役を免除されていましたが、大学を卒業した者は兵役検査を受ける義務が課せられていました。

ここでトランプは、足の踵の骨に異常があるという理由で、兵役不適格と診断されました。これは医師に袖の下を掴ませて偽の診断書を捏造したのではないか、との疑惑が大統領選候補の期間中に蒸し返されましたが、そこはトランプの面目躍如。

「あの戦争は誤った戦争だった。だから行かなくてよかったのだ」との言い分を展開したのです。ただし、その一方で、アメリカ大統領選挙期間中の集会などでは兵役に就かなかったことへの罪悪感はあると語ったり、ニューヨークにベトナム記念碑を建てたことは、従軍しなかったことへの詫びであるといったことも関係者に漏らしています。こうした点も、トランプのわざと虚像を演じる「役者ぶり」がうかがえますね。

父の会社に入社:不動産王への道のりのはじまり

前述の通り、ウォートン校在学時代から父の仕事の手伝いをしていたドナルド・トランプは、1968年、父フレッドの経営する不動産会社「エリザベス・トランプ・アンド・サン」に正式入社します。ちなみに社名のエリザベスとは、父フレッドの母で、ドナルドの祖母の名前とのこと。

ニューヨークで不動産業をやっている父親の会社を受け継いだと聞くと、苦労知らずのお坊ちゃんといったイメージをつい抱いてしましますが、実は違います。トランプは決して、お気楽な2代目バカ息子ではないということを、しっかり踏まえておきましょう。

ちなみにこの頃のトランプの写真や画像を見ると、意外にもハンサムなイケメン時代であったことが分かります。

さて、ひと口にニューヨークといっても、父フレッドが主に手がけていたのは、ブルックリン地区やクイーンズ地区といった、当時は低所得者層が住むエリア。日本で例えれば、東京や大阪の下町といった感じと言えば解かりやすいでしょうか。

フレッドがビジネスとして扱っていたのは、そうした低所得者向けの賃貸集合住宅(日本で言えば団地に相当)の不動産管理。家賃滞納の徴収に向かうと、ドアをノックした途端に銃で撃たれるリスクがあるという状況だったそうです。

こうした状況に辟易したドナルド・トランプは、父フレッドとは別の道を歩むことを決断。父の会社で修行を積み、クイーンズ地区の低所得者向けの団地といった父の事業や取引を手伝いながらも、ニューヨークの一等地であるマンハッタンに一人移り住み、持ち前の積極性(あるいは強引さ)を発揮し、いわゆる裕福層のコミュニティに食い込んでいったとのこと。

そうしたコネや人脈作りが功を奏して、トランプが大躍進を遂げるきっかけとなったのが、日本でも著名なグランド・ハイアット・ホテルの事業に携わったこと。一躍時代の寵児として注目されたそうです。

不動産王へのターニングポイントと、恩人への騙し打ち

1970年代当時のニューヨーク市は、財政難に喘いでおり、不動産業界も低迷していた時代でした。そんな中で、トランプが取り入ったのが、当時の市長と、フェリックス・ロハティーンという投資家でした。

ニューヨークの再開発計画の委員長であったロハティーンの元で、トランプが目をつけたのは、グランドセントラル駅周辺のホテル事情。当時は、年代ものの老朽化したホテルばかりで、それを近代的な高層ビル形式のホテルに建て替えようとしたのです。その資金調達の後ろ盾となったのがロハティーンだったとのこと。

そして、老朽化していたホテルのひとつを買取り、その跡地に有名ホテルであるハイアットホテルを誘致、グランド・ハイアット・ホテルとして開業するという不動産デベロッパーとしての大事業を成功させました。1976年、トランプ30歳の時です。

しかし、ここでトランプは、本来であれば世にでるきっかけを与えてくれたハイアットホテルの株主、プリッカー家に対して、恩を仇で返す真似をしています。

トランプがハイアットホテルと結んだ契約には「独占条項」なるものが含まれており、平たく言えば、トランプの許可なしに、ニューヨークにハイアット系列のホテルを建てることができないというもの。これはプリッカー家の面々が休暇中に、トランプが銀行や保険会社などに裏工作を行なったことで既成事実化されてしまったのだとか。

この一件により.プリッカー家は長年に渡ってトランプを恨み続けており、先の大統領選でも、敵陣営のヒラリー候補者に多額の資金援助を行ったのだとか。しかし結果はご存知の通り。

「憎まれっ子、世にはばかる」とはよく言ったものですね。

自身の代名詞「トランプタワー」の建設・運営

ドナルド・トランプについてさほど詳しくないという方でも、トランプタワーについてはご存知という方が多いのではないでしょうか。アメリカニューヨークの目抜き通りとして知られる五番街、映画でも有名な高級宝石店「ティファニー」本社ビルの隣にそびえ立つ、58階建ての高層ビルで、低層階は商業施設やオフィスが入居し、上層階は高級アパートメント(日本で言うところの高層マンション)という複合施設になります。

このトランプタワーが完成したのは、前述のグランド・ハイアット・ホテルでの成功で名を上げてから7年後の1983年、トランプ36歳の時でした。今でこそこうした高層タワーマンションや複合施設というものは珍しくありませんが、30年以上も前に、こうしたものを手がけていたというのは、彼の品格や人間性といったものはさておき、先見性や事業家としての才能の高さをうかがわせます。

ちなみに、トランプタワーの土地は、高級百貨店の跡地。その百貨店の外壁には芸術性の高いアールデコ調の彫刻が施されていたそうです。建て替えの際の取り壊しで、メトロポリタン美術館の学芸員は、その外壁を丁寧に取り外して寄贈してくれるよう頼んだそうですが、トランプはそんな要請など一切無視して粉々に打ち砕き「あんなものに芸術的価値はない」と嘯いたという逸話が残っているそうです。これまた、さもありなんという感じですね。

もうひとつ余談ながら、日本の一部マスコミは現在でもトランプがこのトランプタワーに居住していると報じていますが、それは誤りです。確かに、以前はそうでしたが、現在は2001年にやはりマンハッタンの中心地に完成させた72階建ての「トランプワールドタワー」を住まいとしているとのこと。ちなみに、同ビルの入居者には、かのビル・ゲイツも名を連ねているとか。

また、身近な話題としては、ニューヨークヤンキースの田中将大投手が、トランプタワーの住人と報道され、本人が否定し、全くの誤報と判明したのも記憶に新しいところですね。

ただし、有名人御用達というのは間違いではなく、過去には映画監督のスティーブン・スピルバーグやボクシングのマイク・タイソン、現在ではヤンキースのデレク・ジーターや、俳優のハリソン・フォード、歌手のビヨンセといった人たちが住居としていることで知られています。

さらには、かつてトランプが権利を有していたミス・ティーンUSA、ミスUSA、ミス・ユニバースといった美女たちの共同生活の場としても有名です。

アトランティックシティ、カジノへの世界へ進出

トランプタワーの完成とほぼ同時期、トランプはニューヨーク州の南、ニュージャージー州の海沿いの都市であるアトランティックシティに、カジノとホテルの複合施設である「トランプ・プラザ」を開業しています。本拠地ニューヨークではない土地への進出。もちろんそれには理由がありました。

話は1975年まで戻ります。この年、ギャンブルの都、ラスベガスで起きたカジノ併設のヒルトンホテルの従業員ストライキによって、ヒルトンの株価が大きく下がったという出来事がありました。これに興味を持ったトランプは詳しく調査してみると、全ヒルトングループのホテルの中でもラスベガスのホテルの収益性が群を抜いており、株価下落もその影響だったとのこと。これにより、トランプは、カジノ併設型ホテルの運営も視野に入れるようになったとのこと。

おりしも翌年の1976年には、ニュージャージー州アトランティックシティでのカジノが合法化。ニューヨークから200km、車で3時間程度という立地もあり、アトランティックシティのカジノ産業は発展の兆しを見せていったそうで、こうした金の匂いを、トランプが放っておくはずもありませんでした。トランプタワーとほぼ同時進行で用意周到に準備を進め、1982年にトランプ・プラザをオープンさせました。

それに際し、カジノ経営のノウハウのないトランプは、あろうことか、ラスベガスで成功しアトランティックシティに進出してきたライバルのカジノ業者から人材を引き抜くといったことまで行なっています。もちろん確執も生まれましたが、その結果、ライバル業者たちとの競争合戦によって、アトランティックシティはラスベガスに匹敵するほどの歓楽都市へと発展していくことになるのですから、わからないものです。ただし、後述するトランプの「最初」の転落は、このカジノ事業がきっかけとなるのでした。

1度目の転落は90年の不況がきっかけ

ここからは、トランプの借金について見ていきましょう。トランプは人生において2度、破産の危機に見舞われていますが、その度にカムバック(少なくともそう見えるように)を果たしています。

最初の危機は1990年。アメリカ全体を覆った不況により不動産業は大きな打撃を受けました。トランプはこの時点で本業の不動産業の他に、前述のカジノ、さらには当時経営不振に陥っていた大手航空会社・イースタン航空のシャトル便を買取り「トランプ・シャトル」として運営していましたが、軒並み経営が悪化。

負債総額は90億ドル(約1兆円)ともされており、相当なダメージを被ったとされています。一時は娘のイヴァンカに弱音を漏らしたというエピソードもあるとか。メディアからは不動産王から借金王へといった揶揄がなされたとのこと。

しかし、そこは転んでもただでは起きないトランプ。航空事業からは撤退し、マンハッタンに所有する物件の多くを中国企業などに売却。また中国系銀行やゴールドマン・サックスなどからの借り入れで危機を乗り切ったとのこと。

そして1993年のビル・クリントン政権によってアメリカの景気が回復すると、トランプも復活。前述したトランプワールドタワーの建設をはじめ、マンハッタンに新たな高級アパートメントを多数建設する他、ラスベガスやアトランティックシティなどにも多数のホテルやカジノをオープンし、「不動産王」としての地位に返り咲いたとのこと。

なお、トランプに批判的なメディアによれば、この復活劇も投資家や証券会社などに詐欺まがいの手口を使い成し遂げたに過ぎないとアンチ記事にて批判されています。敵の多さも王者ならではといったところでしょうか。

2度目の転落はサブプライム問題からリーマンショックの流れ

不動産王として復活し、業績を回復させていたトランプでしたが、またしても危機を迎えます。いわゆる「サブプライム問題」に端を発し、リーマンショックが引き起こされた世界金融危機によるもの。ここでトランプは、一度は再建したアトランティックシティのカジノとホテルの倒産を申請するまでになりました。

しかしこれもある種の策略だったとする声があります。というのも、カジノ事業が以前ほどには儲からない商売となったことで、体よく切り離すための算段だったのだとの指摘が反トランプのジャーナリストなどからされています。

確かに、その一方で、本拠地であるマンハッタンでは、多数所有する物件のうち、トランプタワーやトランプワールドタワー、ホテルグランドハイアットといった主要な不動産はしっかり保持したまま、比較的どうでもいい物件を売り抜いて危機を抜け目なく回避したとのこと。

つまりは、破産申請というはた目には重大な危機も、実はカジノから事実上撤退するための、トランプの芝居のひとつだったという見方ができるのです。まったくもって役者ですね。

ちなみに経済誌フォーブスの推定によるとトランプの資産額は約37億ドルとのこと。一方で、現在でも中国系銀行などが債権者となっており借金を続けているとの情報もあります。

もうひとつ、オンラインカジノの世界では、トランプ新大統領によって期制が緩和されるという期待がされているようですが・・・前述の通りカジノをなかば見限っています。果たしてそう目論見通りにいきますでしょうか・・・。

趣味や食べ物の趣向、音楽の好みなどは?

トランプはいわゆるワーカホリックの仕事人間とされていますが、いくつか趣味もあり、その筆頭がゴルフ。ただし、自身がゴルフ場併設ホテルも経営しているため、半分仕事とも言えます。

車とバイクも好きなようで、高級車やスーパーカー、カスタムハーレーなどを所有しているとのこと。ただし、大統領選出馬以降は、アメ車であるシボレーカマロも加えたとか。

音楽ではエアロスミス好きで、共和党大会で楽曲を使用した位ですが、当のスティーブン・タイラーから楽曲の使用差し止めを求められるという皮肉な結果に。好きな映画としては名作として人気の『市民ケーン』を挙げています。

また北朝鮮の金正恩にはハンバーガーを食わせればいいと発言したことも有名ですが、実際には自身もマクドナルドが大好きで、フィレオフィッシュが一番のお気に入りだとか。

新大統領トランプとして見せる顔はいかに?

いかがでしたでしょうか? 不動産王としてのトランプの顔は、率直に言って、強引、狡猾、厚顔無恥な面が目立っているのが正直なところですね。歴代のアメリカ大統領候補の中でも、ここまでの人物はなかなかいなかったのではないでしょうか。ある意味、選挙戦で感じた印象の通りといった感があります。

その一方で、そうした言動は、実は米国大統領選挙に勝つために計算された芝居であったとする声も聞かれます。実際、当選後は一転、過激発言は影を潜めています。

また、ロシア・プーチン大統領との親密な関係や、安倍総理が早速訪問したことも話題に。さらにはイスラエルへの支持表明や、犯罪者への厳しい対応など、その政策が少しずつ見えはじめています。

いずれにせよ、ポストオバマ政権は、これまでのどんな指導者たちよりも、個性的な国家元首となることは間違いないところでしょう。彼の率いる政府とは果たして?

さて、次回は、借金問題とともにこれまた話題になった、トランプと女性という話題を取り上げていきたいと思います。イヴァナ、マーラ、メラニアという3人の結婚相手との夫婦関係や、ミス・ユニバースの開催権利、蔑視発言や人工中絶問題発言などなど。ぜひご期待ください。

ドナルド・トランプ3度の結婚
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