小室哲哉の借金地獄! ~時代を築いた人気プロデューサーが借金で犯罪者に!?

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時代の終わり…人気プロデューサーの凋落

「小室哲哉」といえば90年代は「小室時代」と呼ばれるほどの売れっ子音楽プロデューサーであり、毎日テレビで小室ファミリーを見ない日はないほどの人気ぶり。当時の長者番付けでは2年連続で4位を記録するなど、まさに栄華をきわめた小室哲也さん。しかし驕れるものは久しからず、小室バブルがはじけ、事業にも失敗。資金繰りに苦労した彼は、多額の負債を抱えるようになり、そしてあの事件を起こしてしまいます。

プロデュースで大成功!「小室ブーム」時代のバブル生活

小室さんは3歳の頃から音大の教授にバイオリンを習っていたそうです。小学生の頃には既に作曲をしていたということなので、当時からその音楽的才能は突出していたのでしょう。早稲田大学社会科学部に在学中からプロのミュージシャンとして活動することになります。

1984年、TMNETWORKを結成。
時代を先取りしたサウンドと徹底したビジュアルプロデュースで人気を博しました。1994年にTMNETWORKの活動終了をすると、そこから様々なアイドルや歌手を楽曲から提供するプロデュース業に軸を移していきます。安室奈美恵、trf、内田有紀、篠原涼子、globe、華原朋美…オリコンのチャートは小室さんがプロデュースした「小室ファミリー」が独占状態。

新人をプロデュースすればミリオンセラーはあたりまえ。出す曲出す曲大ヒットで全盛期にはなんと年収23億円、総資産は100億円近くあったそうです。さきほど長者番付2年連続4位と書きましたが、これ、芸能人やミュージシャンカテゴリではないですよ。日本の全納税者の中で4位です。当時の小室さんがどれだけ稼いでいたかがわかりますね。

小室哲哉作詞・作曲の売上げTOP10
アーティスト 発売日 売上枚数
CAN YOU CELEBRATE? 安室奈美恵 1997/2 229.6万枚
DEPARTURES globe 1996/1 228.8万枚
WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーブメント H Jungle With T 1995/3 213.5万枚
恋しさと せつなさと 心強さと 篠原涼子with T.komuro 1994/7 202.1万枚
CRAZY GONNA CRAZY TRF 1995/1 158.7万枚
I’m proud 華原朋美 1996/3 139.0万枚
Don’t wanna cry 安室奈美恵 1996/3 139.0万枚
masquerade TRF 1995/2 138.9万枚
survival dAnce~no no cry more~ TRF 1994/5 137.6万枚
Chase the Chance 安室奈美恵 1995/12 137.6万枚
収入もケタ違いなら使い方もケタ違い。海外に行くときはファーストクラスなのはもちろん、時には全席貸し切りにしたなんて逸話も残っています。アメリカに3億円はくだらない豪華別宅を購入、ハワイに音楽スタジオも構え、もともと車好きなのもあって、なんと数十台(!)もの高級車を所有していたといいます。

のちに本人が当時のことを「魚嫌いなのにクルーザーまで持つなんて、尋常じゃなかった」と述懐しています。付き合っていた女性や奥さんに1000万円クラスの高級バッグをポンポン買ってあげていたという話も。ちょっと金銭感覚が尋常じゃないですね。

しかし、ブームはやがて去っていくもの。小室ファミリーの中心メンバーだった安室奈美恵さんが結婚出産により活動休止したのをきっかけに、拡大する一方だったプロデュース業も徐々に陰りをみせはじめます。あまりにも「小室サウンド」が流行しすぎたこともあり、世間から飽きられてしまったことも原因の一つでしょう。

小室時代を終わらせた「宇多田ヒカル」

ある歌番組で小室哲哉自身が「90年代に嫉妬した5曲」を発表しました。

それが、

・宇多田ヒカル「Automatic」
・スピッツ「ロビンソン」
・Mr.Children「Tomorrow Never Knows」
・Every Little Thing「Time goes by」
・SMAP「夜空のムコウ」
の5曲です。

なかでも、宇多田ヒカルのAutomaticで自分の時代が終わったとコメントするほど強烈な印象を残した1曲だそうです。
1998年には古巣エイベックスと決別し、新たな市場を東アジアに求めて香港で「ROJAM(ロジャム)」という音楽プロダクション会社を設立しています。

時代の終わり…人気プロデューサーの凋落

2001年にはソニー・ミュージックとの専属契約を解除、前払いで受け取っていた20億近い印税を返還することに。銀行から個人として異例の10億円融資を受けますが、これはそのソニー・ミュージックへの返納金に充てられたようです。

2002年に当時の妻であった吉田麻美さんと10ヶ月というスピード離婚。7億円という多額の慰謝料と養育費を支払うことになりました。さらに香港で設立した「ROJAM」が低迷、2002年の決算では12億円の赤字を出し、2004年には70億円もの負債を抱えてとうとう経営から完全撤退することになります。

この他にも小室さんはアジア市場への進出を試みてビジネスを展開していますが、やはり失敗しています。これにより資金繰りは悪化の一途。楽曲の著作権料も差し押さえられ、別荘や車なども次々と売却し返済へ。
音楽の才能は誰もが認めるところですが、経営者としては難しかったのかもしれません。

しかし、それでもセレブ生活は捨てられず、家賃が月に200万円以上もするといわれる高級賃貸に住み続け、さらに状況を悪化させてしまいます。

預金残高100億円

全盛期、小室さんの預金通帳はいくら使っても9,999,999,999だったとか。

つまり、それが通帳印字の上限だったため、実際にはいくらお金があるか分からなかったんだそう。

たしかに、飛行機に乗る時はファーストクラス貸し切りなどの豪遊伝説が話題となったこともありました。いくら使っても大丈夫だと思っていたのかもしれませんね。

もしも、彼が通帳記帳を続けていれば猛烈な勢いで減っていく残高に気づけたのかもしれません。

世間を賑わせた「5億円事件」

こうして過去の栄華を捨て切れず、負債をかかえたまま身動きがとれなくなった小室さんは、とうとう詐欺事件を起こしてしまいます。

投資家の知人と、自分が作った楽曲の著作権を10億円で譲渡する契約をかわし、先払いで5億円を受け取っていたにも関わらず、実は既にほとんどの著作権はレコード会社などに譲渡しており、自身では所有していなかったのです。これにより男性から2008年2月に6億円の損害賠償請求の訴訟を起こされ、全額の支払いを条件に和解するも小室さん側は9月に至るまで支払いをせず。男性はとうとう詐欺事件として刑事告訴に踏み切ります。

これにより2008年11月4日に小室さんは詐欺罪で逮捕され、2009年5月に懲役三年、執行猶予五年の有罪判決を受けました。この逮捕劇は、時代の寵児ともてはやされた大物プロデューサーの起こした詐欺事件として当時の音楽界を激震させ、連日のように社会ニュースやネットの記事をにぎわせました。

芸能人の詐欺事件

芸能人といえば、詐欺の被害者となることが多いようですが、小室さん以外にも自らが加害者となってしまった事件があります。

記憶にあたらしいところでは、「ペニオク詐欺」。小森純やほしのあきが利用してない商品をブログで広告し報酬を得ていたことが発覚し、芸能活動を自粛する騒ぎとなりました。

自分では詐欺をするつもりはなくても、広告塔として利用されてしまうこともあるようですね。

服はユニクロ、自販機も使わない!プライドを捨てコツコツ重ねた信頼

音楽業界のみならず世間から大バッシングを受けた小室さんでしたが、訴えられた男性への賠償6億5千万と、保釈保証金の3500万円をエイベックスの松浦社長が肩代わりしてくれます。90年代にエイベックスが飛躍的に成長できたのは小室さんの力があってのこと、という理由からだそうですが、これもそれまで積み重ねてきた二人の信頼関係があったからこそでしょうね。それでも松浦さんは詐欺事件を起こした当時の小室さんのことを「とがめられるのが嫌で、イエスマンしかそばに置かなかった裸の大将」と評しています。

また、裁判中には小室さんの音楽を愛する数多くのファンを初め、様々な音楽関係者が小室さんを応援する動きを見せており、署名を集めたり、実際に減刑のために嘆願書を提出した芸能関係者もいたそうです。小室さん自身、拘置所の中で自分のニュースを伝えるラジオを聴いたときに自分のやったことの大きさを実感したと述べています。

2010年5月に復帰第一弾としてエイベックス所属のAAAというアイドルグループのプロデュースを手がけ、その後徐々に楽曲提供などの仕事を受けるようになり、生活も上向いてきたと思った矢先、事件後も変わらず小室さんを支えてきた妻KEIKOさん(2002年に結婚)がくも膜下出血で倒れてしまいます。小室さんは妻の介護と仕事、両方を抱えることになりました。それでも夫婦の絆は強く、小室さんは現在に至るまで献身的な看病を続けています。最近ではKEIKOさんも驚異的な回復を見せ、自身でファンへ向けたコメントも出せるまでになりました。

小室さん自身も派手な生活は捨て、コツコツと仕事を重ねていくうちに再び世間からも認められるようになっていきました。豪華な自宅は引っ越し、所有していた車や別荘は全て売り払い、実は実家さえも担保に入れていたため、逮捕後に競売に掛けられて売却されていたそうです。飲み物一つ買うにも自動販売機は使わない、移動はママチャリか原付、というセレブ時代からは想像もできないような徹底倹約生活で返済を続けていった結果、松浦社長に肩代わりしてもらっていた保釈金と損害賠償金、合計6億5千万円全てを2014年5月までに完済したそうです。

当時の週刊誌でも「洋服はヨレヨレのユニクロ」だとか、本を出版すれば「握手会&サイン会で捨て身の宣伝」だとかその凋落ぶりを報道されていましたが、本人は案外楽しんで節約生活を送っていたという話もあります。逆にもてはやされて仕事に追われていた頃の方が「生きながら死んでいる状態」だったと話していますから、そのプレッシャーとストレスは相当なものだったのでしょう。

一時代を築き栄華を極めた成功者が、病気の妻を抱え日々の生活費すら切り詰める毎日に転落した事実は、本人にとって辛いことであったことは疑いようがありません。それでも追いつめられこれ以上ないくらいまで転落したからこそ、プライドを捨て自らを見つめなおし、本当の味方を知ることができたのかもしれません。売れている時に耳障りの良い言葉で擦り寄ってくる人間より、耳に痛い、時に辛辣な言葉でいさめてくれる人間のほうが、よほど尊くありがたい存在なのかもしれません。

近年ではTMN復活など明るい話題も多い小室さん。これからの音楽に期待したいですね。

小室哲哉は女癖が悪い?妻KEIKOとの結婚生活とは?

最後になりましたが、小室哲哉といえば有名人との恋愛スキャンダルも有名です。

現在は、GlobeのボーカルKEIKOと結婚生活を送っている小室さんですが、その前に2回の離婚歴があります。

★小室哲哉結婚年表

1988年 「キララとウララ」のキララと結婚
1992年 離婚

2001年 ASAMI(吉田麻美)と結婚
2002年 子供が生まれたものの離婚

2002年 KEIKOと結婚
一度目の結婚はあまり知られていませんが、元アイドルと4年間結婚生活を送っていました。

そして、ASAMIとの結婚の前に、恋人をアピールしてまで売り出したいほどの才能だったと言われる華原朋美との恋愛。

のちに華原さんは、「ある日突然目の前から彼が消えた」と語っています。この頃の相談相手はダウンタウンの浜ちゃんだったとか…。

きちんと別れられない性格も莫大な借金を作ってしまった要因かもしれませんね。

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